デジタル時代における「実際に体感すること」の価値
突然ですが、最近あなたはどれくらい「実物」を体感しているでしょうか?
スマホを開けば、世界中の情報が指先一つで手に入る時代。
私たちは「知ってはいる」けれど「体験したことはない」ことに囲まれて生活し、そしてこの傾向はますます強まっています。
デジタル社会がもたらした変化
インターネットとSNSの普及によって、私たちはあらゆるものについての「知識」を持つことができるようになりました。
パリのエッフェル塔を実際に見たことがなくても、その見た目や歴史を知っている人は多いでしょう。
SNSで話題のカフェもまた、実際に行ったことがなくとも、SNSやGoogleマップからメニューや味の評判、店内の雰囲気を知ることができます。
デジタル技術の進化により、「そこに行かなくても」「その人に会わなくても」「その物に触れなくても」多くの情報が得られるようになりました。
つまり大多数の人々は「知っているけれど、実際には体感していない」状態にあり、時にそれで満足することもできてしまいます。
つまり、「実際に体感すること」の経験価値が相対的に高まりました。
コロナ禍が再認識させた「実際に体感すること」の重要性
そんな中、コロナ禍はこれにさらに拍車かけました。
行動の自由が制限されたことによって、画面から得られる情報、ネットで購入して届く商品ぐらいしか実際に体験できることが激減してしまいました。
旅行の中止、イベントの延期、人との交流のオンライン化……こうして「実物を体感すること」自体が改めて大切であると再認識させられました。
生成AIと「知識の大衆化」
さらに最近では、生成AIの登場によって、「詳しく知っていること」の希少性も薄れつつあります。
これまでは、専門知識を持っていることが価値の一つであり、専門知識を持っていれば仕事にすることもできました。
しかし今では生成AIに質問すれば誰でも専門的な情報が得られ、画像生成AIを使えばプロ並みの画像さえ作成できます。
それでも、AIが提供してくれないものがあります。
それは「実際に体感する」という経験そのものです。

AIは「パリのエッフェル塔」について、資格情報として伝えられる限りのことは惜しげもなく説明してくれます。
しかし、実際に「パリのエッフェル塔」を目の前で見たときの印象、触れたときの感覚、現地の空気感までは届けてくれません。
今後テクノロジーの進化が進むことで、まるで実際に行った "ような" 映像を見させてくれるVRゴーグルや、実際に触れた "ような" 触り心地を体感させてくれるツールは生まれるかもしれません。
しかしこの「知識」と「体験」の間にある溝は決して埋まることはありません。
むしろテクノロジーが発達すればするほど、「実際に体感すること」の価値は増していくでしょう。
「実際に体感すること」が持つかけがえのない価値

情報に溢れ、そしてAIが進化し続ける今、「実際に体感すること」の価値はかつてないほど高まっていると日々感じます。
だからこそ今、私たちはもっと意識的に「実際に体感する」機会を増やすこと、あるいは増やすよう心がけることが重要であると考えます。
- 行きたい場所に自ら足を運ぶこと
- 会いたい人に会いに行くこと
こうして得られる体験とその価値は、どんなに技術が進歩しても代替できることはありません。
テクノロジーが進めば進むほど、むしろ実際的な体験の希少性と重要性は増していくのです。